生理用品と古書の雑記

むかしの女性はどうしてた?古雑誌でたどる月経帯からアンネナプキンまで
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『生理用品の社会史 タブーから一大ビジネスへ』の感想です。
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つい先日『生理用品の社会史 タブーから一大ビジネスへ』(田中ひかる、ミネルヴァ書房)が刊行され、
この本が出版される事を知ってからというもの待ち遠しくて仕方ありませんでしたので
届いた日に通読しました。まだ一度しか読んでいないので簡単ではありますが感想を記しておきます。

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淡いブルーに白い線で使い捨てナプキンが描かれたカバーに血色の帯、
その下の表紙は使い捨てナプキンの表面のような真っ白なさらさら感触の
メッシュ状というこの本は4章から成り、

第1章「ナプキン以前の経血処置 植物から脱脂綿まで」では、
布や紙が発明される以前から1951年の脱脂綿配給制解除までの生理処置についてを、
婦人衛生雑誌や女学世界、婦人世界、主婦之友、婦人倶楽部、婦人公論の記事や広告を用いて
所々『女たちのリズム』の口述記録を挟みながら時代を追う流れになっている。


日本最古の医術書『医心方』に月帯(けがれのぬの)という生理処置用品が書かれているものの、
江戸時代までは生理処置に関する記録が少ないためか第1章の大部分は
明治に婦人衛生雑誌が発行された1888年以降のことが書かれている。

明治時代では「富国強兵を達成するためには、強健な兵士や労働者を生むための
<母体>の改善が不可欠」で、そのために月経を重要と見なし
上流階級の女性に向けて(優秀な母体が望ましいため)医師が生理処置の発信源となり、
衛生的処置法の脱脂綿と月経帯によるナプキン式を説く一方で
働く女性に対してはタンポン式を勧めていたこともあったそうだ。


明治末から大正時代の生理処置に言及したページでは、
女学世界や婦人世界の広告文のフレーズを比較している箇所があり、
大王と女王のくだりは面白かったので個人的な希望を言えば
そこはもっと突っ込んで欲しいところであった(できれば他の時代でも)。


昭和に関する内容は、初期のころはゴムを使用した月経帯を批判しゴム不使用の月経帯が登場したり、
戦争の影響で材料不足が進み節約のためゴム不使用、脱脂綿は代用品となり、
その結果やってはいけない処置法として以前から偏見の対象だったタンポンが復活する。
そして戦後の1948年にタンポンが医療用具に指定されたのは
タンポン式処置法の弊害を説く記事が目立つようになったという背景もあったとしている。


第1章の終わりに「生理用品が進化したことで、「粗相」があり得ないこととして
捉えられる傾向があるが、それは行き過ぎた<月経の透明化>である」との意見に共感した。
私が布ナプキンユーザーだからという点もあるが、進化した生理用品で「出血現象」を
見えなくするということが、「出血現象」をどうにかして手当するという自覚を減らすというか
薄くさせてしまいそうな気がするからである。

 

第2章「月経タブーの歴史 各地に残る痕跡」では、
月経中の女性や女性そのものを禁忌と見なす世界各地の習慣や月経小屋での経験などが書かれている。
もとより心待ちにしていたこの本ではあるが、
月経小屋を気が枯れないよう養生する場と幻想的に思っていたい私には
切なくてここは飛ばして早く先を読みたいと思う部分がこの章にあった。


それは、福井県敦賀市白木に1960年代半ばまであったという月経小屋の聞き取り調査を
1977年に行った「白木の産小屋と出産習俗 日本海辺二つの習俗調査対比から」という論文を
紹介したページで、調査当時月経小屋で食事をしたり手当をすることはなくなっていたが、
それでも生活の行動に制限があり生理中の一週間は家の外で食事をしたという。
家事や食事の支度はさせられるのに自分の食べる分を取り分けて
草の上や軒先、玄関先で食事を摂る。その姿を学校帰りの子供たちに囃し立てられたりしていたそうだ。
この章キツイな・・・と感じたときは、
扉の裏に書かれた「月経禁忌に触れずして日本の生理用品の歴史は語れない」
という著者の宣言を思い出してから読み進めるようにした。

 

第3章「使い捨てナプキンの登場 アンネ社の果たした役割」では、
戦後の生理用品とアンネナプキンの誕生、ユニ・チャームの参入について
4つの章の中で一番の分量で書かれていて、アンネナプキンの広告資料写真が40点以上もあるので、
新しい時代の生理用品広告の言葉選びに配慮したくだりや
大塚清六のイラストの広告を本文と照らしながら見ることもできる。

『月経をアンネと呼んだ頃 生理ナプキンはこうして生まれた』では書かれていない、
アンネ製品のための輸送会社を設立したことや、初潮者向けのアンネジュニアセットを
学校周辺の文具店などに置いたが文具店に生理用品は置けないと1年後に廃止になったことも
元アンネ社員からの聞き取りとして加えられている。


アンネナプキンの成功に続いてユニ・チャームが参入するが、
そのユニ・チャーム創業者高原慶一朗がこの章に登場してくるあたりになると、
頭の中で中島みゆきの地上の星がBGMとなってしばらく響き生理用品の歴史書であることを
忘れそうになった。生理用品の機能性と市場の競争をみているようで、
自身の経験から女性が生理を快適に過ごせるナプキンを作り世に送り出したアンネ社長と
アンネ社の終焉、女に負けてたまるかのユニ・チャーム創業者が発展させた
日本の使い捨てナプキンという対比、この第3章は生理用品に関心のない人が読んでも
惹きこまれる箇所ではないかと思う。

 

第4章「今日の生理用品 選択肢の広がりと新たな月経観」では、
1978年の高吸収性ポリマーを用いた薄型の使い捨てナプキンの登場から
2012年に発売された液体から生まれた新素材を使用した使い捨てナプキンに加え、
使い捨てない布ナプキンなどについて書かれている。

章の冒頭部分で現在の使い捨てナプキンへの不満は吸収性や厚みではなく、
かぶれやかゆみが多くその原因として漏れを防ぐためにサイズを大きくし隙間なく体に密着する
ようにしたり薄型化を優先した結果と考えられるとあるが、
これは私の経験も当てはまるところで、昨年アンネナプキンの実物(昭和50年代のではあるが)を
実際に手にしてみてこのくらいで止まっていたら使い捨てナプキンを使用した際の
かぶれやかゆみに悩まなかったかもしれないと思えたのであった。

その悩みを解消するためだけではないが布ナプキンを選択をしている身としては、
1990年代から注目され始めたとする布ナプキンについての節には草の根的活動をしている人々の
取り上げがなかった点で少しだけ物足りなさがあるものの、
これは書名にある一大ビジネスに繋がらないのだから仕方がないと思うこととする。


期待を大きく上回った点は、生理用品の製造販売という点で同業である者が
使い捨てナプキンを否定するまでは行かないとしても貶している点を
この本がクローズアップしてくれたことだ。
おわりにのページで書かれていることだが「女性を物理的、心理的に開放してきた「実績」」の上に
布ナプキンがあるのだし、生理を快適に過ごせるようにするために明治の頃から生理処置に必要な
月経帯や当てるものや詰めるものが考え工夫されて来、
昭和の一時期に発展が止まったことはあったが、進化、発展させたのは使い捨てナプキンなのだから。

ただしこの二項対立、これって明治から大正、昭和初期にかけてのタンポン批判や
ゴム使用の月経帯批判、戦後のタンポン批判復活をしながら発展、進化してきた
生理用品の歴史そのものじゃないかという気がして、今後はどうなってゆくのか、
現在以上の発展、進化はもうないのかと思えてここでまた地上の星が流れるのであった。

 

以上、私的感情を押さえきれず書いたので見苦しい点ばかりだと思いますが、
最後までお読み下さりどうもありがとうございます。

徒然日記 22:25 -
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